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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)50号 判決 1960年8月16日

被告 十三信用金庫

事実

「原告は昭和二九年六月一一日被告金庫と金額を金一〇〇万円、期間を一年、利率を年六分一厘、起算日を昭和二九年六月一一日、支払期日を同三〇年六月一一日、支払期日に証書と引換えに元利金を支払うこと等と定める特別定期預金(無期名定期預金)契約を締結し、記号番号特〇〇〇四七号の無記名定期預金証書の交付を受けた。そこで原告は支払期日に右証書を呈示して支払を求めたが、被告金庫はこれに応じない。よつて原告は被告金庫に対し右預金元金及びこれに対する昭和二九年六月一一日以降同三〇年六月一〇日迄は約定利率年六分一厘の割合による利息を、訴状送達の翌日たる昭和三一年一月一九日以降完済に至るまでは商事法定利率年六分の割合による損害金の支払を求める。」

原告は右のように主張した。被告は、次のように抗争した。

「被告は原告主張の日その主張のような特別定期預金を訴外株式会社小野瀬商店代表取締役小野瀬喜市から、同会社の預金として、受け入れたことはあるが、原告から同預金を受け入れたことはない。即ち株式会社小野瀬商店(以下単に小野瀬商店と称する。)は、本件預金の預け入れのなされた昭和二九年六月一一日当時被告金庫に対し相当多額の手形割引債務及び金二〇〇万円に上る借受金債務を負担していたので、被告は特に右小野瀬に対し相当の担保の差入等の要求を重ねた結果として、訴外小野瀬喜市が自ら被告金庫に金一〇〇万円を持参して、税金等の関係で特に無記名の定期預金にしてほしいと申し入れ、被告金庫と小野瀬商店の取引に使用して来た「株式会社小野瀬商店社長之印」と刻した乙第三号証の印鑑を届出で、被告金庫もこれを承諾して本件無記名定期預金契約が成立し、被告金庫はこの預金をも見返り担保として、手形貸付による債権の支払を猶予し手形を書替せしめて金融を続けて来たところ、同商店より交付を受けていた昭和三〇年一月二七日振出の金額金一〇〇万円、満期同年三月八日、支払地、振出地各大阪市、支払場所被告金庫と定める被告金庫宛の約束手形が不渡となつたので、被告は昭和三〇年六月一七日内容証明郵便をもつて本件預金と小野瀬商店の被告金庫に対する右手形債務とを対当額において相殺する旨の意思表示をなし、同書面は同月一九日頃小野瀬商店に到達した。従つて被告には本件無記定期預金の支払義務はない。なお本件無記名定期預金の性質が、原告主張の如く一種の指名債権であり、特別の事情を伴わない一般の場合には、真実の預金者がなんびとであるか、預け入れ行為をした者が真実の預金者の使者、代理人又は機関であるか等のことは被告のような金融機関は全くあずかり知らない立て前のものであることは認めるが、本件無記名定期預金は前記のような特別の事情のもとになされたので、小野瀬商店を預金者とする無記名定期預金契約のなされたことは明らかである。」

理由

証拠によると、原告主張の定期預金は原告が自己の金員を小野瀬喜市に手交して預け入れたもので、原告が、その証書の交付を受け、保管していたことを認められる。

原告はこの定期預金を原告の預金であると主張し、被告はこれを小野瀬商店の預金債権であると主張するので、以下この点について判断する。

先ず本件定期預金の性質について検討するに、成立に争ない甲第一号証(特別定期預金証書)によると、本件定期預金は支払期日に証書と引換に支払うべき旨、預金債権の譲渡質入は禁止する旨ならびに被告金庫が証書とあらかじめ届出の印鑑とをもつて請求する者に対して支払をしたときはその者が権利者でなくても免責せられる旨の各特約があり、これらの事項は証書に記載せられており証書には預金者の表示はなく証券番号のみが記載せられていることが明らかであり、これによつて考えると本件の無記名定期預金債権は、無記名債権ということはできず一種の指名債権であると認められる。しかして無記名定期預金は単に証書の上に債権者の氏名を表示しないというに止まるものではなく、なんびとが預金者であるかは、金融機関においては一切あずかり知らないことを立て前とするものであつて、必ずしも現実に金員の預け入れ手続をした者が預金者であるとは限らず、代理人、使者、機関にすぎない場合もあるから、一般的にいえば、特別の事情のないかぎり、自己の出捐により金融機関に対し本人自ら又は代理人、使者、機関等を通じて預金契約をした者をもつて預金者とするというほかはない。そして以上のような無記名定期預金の一般的な性質については原、被告共に異論のないところである。しかして右は無記名定期預金が本来的な形態において行なわれた場合のことであつて、現に預け入れ手続をなした者が、自己の預金であることを表示して預金契約が成立したような場合には預け入れ行為をなした者を預金者とする無記名定期預金契約が成立するものというべきである。

そこで次に以上のような無記名定期預金の性質に照して本件を考えて見ると、前認定のとおり本件預金にあてた金員を出捐したのは原告であり、原告は自己の預金をする趣旨で小野瀬にその手続を委任したものであるところ、被告主張のように、本件預金が小野瀬商店の被告金庫に対する従前の債務についての支払猶予のため担保の差入を求められ、これに応じてなされたものであり、小野瀬喜市は本件預金が小野瀬商店の預金であることを明示して預け入れ手続をなし、これを訴外会社の債務の見返り担保となすことを承認していたとの事実は、この点に関する証人M(第一、二回)T(第一、二、三回)の各証言中右事実に副う部分は証人小野瀬喜市(第一ないし第四回)の各証言及び弁論の全趣旨に照して容易に信用することはできず、他にこれを認める証拠は存しない。ただ本件預金手続に当つていかなる印鑑が届出でられたかは明確を欠くのであるが、仮に被告主張のように乙第三号証の「株式会社小野瀬商店社長之印」と刻した印鑑が届出られたとしても、無記名定期預金においては、前認定のように金融機関においてはその預金者をあずかり知らない立て前であつて、その届出の印鑑は必ずしも預け入れ本人のものであることは要求せられていないものとしなければならないから、(そうでなければ無記名性はこの一角より崩れることとなるわけである。)小野瀬喜市が届出印鑑として乙第三号証の印鑑を用いたとしても、この一事をもつて預金者が小野瀬商店であることを表示したものとなしえないことは明らかである。従つて小野瀬は原告の使者又は代理人として被告金庫と預金契約をなしたものであり、前認定のように預け入れの直後その預金証書を原告に交付し原告が現にこれを保管しているのであるから、本件の預金者は原告であると認めざるを得ない。乙第四号証は以上の認定の妨げとなるものではない。そうすると被告がその主張の日時小野瀬商店に対する手形債権をもつて本件預金債権と対当額においてなした相殺の意思表示は、他の点について判断をなすまでもなく、その効力を生ずる由なきものといわねばならない。

よつて本訴請求は正当。

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